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インタビュー/コラムニスト・中村孝則

2024年6月17日

ジオから学ぶ、食の原点回帰

コラムニスト・中村孝則さん(PC) コラムニスト・中村孝則さん(SP)

ジオから学ぶ、食の原点回帰

コラムニストであり、「世界のベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」の日本評価委員長を務める中村孝則氏は、日本はもちろん、世界中の美食を追求しています。また、ガストロノミーだけでなく、ファッションや旅など、ラグジュアリーを基軸とした多彩なジャンルの造形も深く、剣道教士7段、大日本茶道学会茶道教授という顔も持ち合わせています。そんな中村氏に「寿司といえば、富山」はどう映ったのでしょうか。多角的な側面から、読み解きます。

 

Q1 海外のフードジャーナリストは日本の食と寿司をどう感じていますか?

フードジャーナリストの中でも、美食国として真っ先に挙がるのは日本。四季もあり、食材や技術も高品質。安全安心な日本の食の質の高さは、世界中で認知されています。その中でも、フーディーを虜にしているのが寿司。緻密さ、清潔感、そして、職人と対峙する緊張感。昨今、海外にも寿司店は数あれど、あの凛とした世界は、日本の寿司店だからこそ為せる、日本人ならではの美学だと思います。そんな真剣勝負に海外のジャーナリストは魅力を感じています。それは、ある意味、日本特有の「道」に近い感覚。茶道、華道、香道、そして、剣道、柔道、弓道、合気道……。道のジャンルは異なれど、全てに共通し、型や所作も美しい。カウンター越しの一対一。目の前で刃を振るい、手で握り、手で供し、それを手で食べる。美味だけでなく、日本の寿司を通して、日本の文化を体験したいのだと思います。

 

Q2 ガストロノミーツーリズムという目線で、富山のポテンシャルをどうとらえますか?

「寿司といえば、富山」という目線でガストロノミーツーリズムを考えると、まず、世界でも生魚を食すことは稀有な体験という利点。他国、ペルーの料理、セビーチェもそのひとつですが、赤身、白身、貝など、食材や調理も多彩で、店やシェフによって個性豊か。多くの名店が点在しています。名店が点在しているという点では、サンセバスチャンも同様。ミシュランの星付きレストランからバルまで、ホッピングできる美食の街として有名です。富山には、ペルーとサンセバスチャン、双方の素質を持ち合わせていると感じており、ガストロノミーツーリズムとして高いポテンシャルを秘めていると思います。

 

Q3 「寿司といえば、富山」の印象はいかがですか?

非常にユニークだと思いました。標高3,000mの立山連峰と1,000mにも及ぶ深海、富山湾の自然環境を知った時、南米・ペルーを彷彿とさせました。アンデス山脈からアマゾン川。それを活かしたレストランが2023年に「世界のベストレストラン50」のNo.1に輝いた「セントラル」です。彼らは、メニューに標高を記載し、ジオをインフォグラフィック化。まるでアートのようなプレゼンテーションとともに料理を提供します。その料理においても、同じ標高で育った食材同士を掛け合わせる工夫などが施されているため、各土地の生態系や気候を食す体験ができるのです。モダンでありながら土着的。皿の上には、古くから営まれてきた、暮らしの営みが表現されているのです。それは、豊かすぎる現代社会において失われてしまった、食を通した原始回帰ではないでしょうか。寿司は魚だけではありません。水、米、醤油、薬味、そしてお茶やお酒から器まで様々な要素で構成されています。寿司を取り巻く周囲を巻き込み、より深い関係を創造することによって、旨味は増します。「寿司といえば、富山」においても、ペルーや「セントラル」と同じような可能性を感じました。

 

Q4 国内外に多くの寿司がありますが、求められる寿司とは何だと思いますか?

海外からの目線でいえば、2種あると思います。広義な観光目線で見れば、ザ・日本という、ある意味わかりやすさと間口の広さも必要。美食家の目線で見れば、職人。これは、国内目線と同じだと思います。例えば、レストランはチーム力。オーナー・シェフやカリスマ的存在がいなくても成立している名店はありますが、寿司はそうはいきません。「寿司といえば、富山」に求められるものは、「寿司といえば、職人」だと思います。

 

Q5 「寿司といえば、富山」に期待することは何ですか?

「寿司といえば、富山」である理由、富山で寿司を食べる意義、それを見出せた暁、真の意味で富山と寿司という言語が結実し、周囲に認知されるのだと思います。そして、寿司、富山という広義な世界から強烈な個性=職人が多く生まれることを願います。他県では、あるフレンチをきっかけに国内外からフーディーが押し寄せ、そこから派生し、ある寿司にも火が付いた例があります。その逆も然り。「寿司といえば、富山」をきっかけに、様々な好循環が生まれることに期待します。

Profile

中村孝則

神奈川県葉山町出身。ファッション、カルチャー、グルメ、旅、ホテルなど、ラグジュアリーをテーマに、雑誌や新聞にて活躍するコラムニスト。2007年、フランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を受勲。2010年、スペインよりカヴァ騎士(カヴァはスペインのスパークリングワインの呼称)の称号も受勲。2013年より、「世界ベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」の日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。主な著書は、「名店レシピの巡礼修業」(世界文化社)など。