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更新日:2023年12月7日
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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院
司法精神科医長 田口寿子
産後は女性の人生の中で精神的な不調を起こしやすい時期の一つで、「産後うつ病」という病気があるということを、皆さんはご存じでしょうか。
よく知られている「マタニティ・ブルー」では、産後数日間、一時的に少し気持ちが落ち込み、涙もろくなったりしますが、症状は軽く、自然によくなります。しかし産後うつ病では、出産数か月の間に、気分の落ち込み、育児疲れでは説明できない全身疲労感や不眠、食欲低下、体重減少などが徐々に悪化していくため、早い時期に専門医に相談し、治療を受ける必要があります。最近の研究では、日本でも産後のお母さんの約15%が産後うつ病にかかっており、特に妊娠前にうつ状態を経験したことがある方では発症しやすいということがわかっています。しかしわが国では、そうした情報が広くいきわたっていないのが現状です。
産後うつ病のお母さんは、心身の不調によって家事や育児が思いどおりにできなくなるため、「私はだめな母親だ」と自分を責めたり、自信をなくしたりします。産後うつ病の症状の特徴として重要なのは、育児不安が強くなることです。そのため、赤ちゃんの健康状態に過敏になり、問題なく育っていても「ミルクの飲みが悪いのでは?」「どこか具合が悪いのでは?」という思い込みが強くなります。それが高じて「赤ちゃんに重い病気や障害がある、無事に育たない」と確信し悲観的になったり、うつ病の症状で最も深刻な希死念慮(死にたい気持ち)が起こってきたりすると、絶望感に襲われて赤ちゃんを道連れに自殺に至ることもあります。また不安や自信喪失のために「赤ちゃんの泣き声が怖い」「赤ちゃんと一緒にいられない」と感じたり、うつ症状が悪化して、周囲への興味、関心を失い喜怒哀楽の感情も乏しくなると、赤ちゃんのことをかわいいと思えなくなり、その存在をわずらわしく感じたりすることもあります。それが乳児期の母子間の愛着形成を障害し、将来的に子ども虐待のリスクを高める場合もある、ということが問題視されています。
2016年4月、東京23区内で2005~14年の10年間に自殺によって死亡した妊産婦数が報告され、妊産婦の死亡原因として出血などの産科的な問題よりも自殺が多いという報道がなされました。妊産婦の自殺には産後うつ病、あるいは妊娠期からのうつ病が影響していると考えられ、産科医、小児科医、精神科医、母子精神保健関係者は、その早期発見、早期治療のためにもっと連携を深めなければならないという危機意識を強く持つようになっています。
産後うつ病のお母さんたちは、症状に苦しんでいても、なかなかそれが病気のせいだとは思わないものです。疲労感、不眠、食欲不振といったうつ病の身体症状は、出産後の疲労や慣れない育児によるものと考えてしまいますし、強い育児不安や子どもの発育状態に関する心配、罪責感、自信喪失といった精神症状も、「ありがち」なこと、単なる育児ストレスによるものではないか、と、ご本人も周囲の人も思ってしまうからです。また、「みんな大変な思いをして育児をしているのだから、私もがんばらなければいけない」「赤ちゃんがかわいく思えないなんて言ったら、ひどい母親だと思われてしまう」といった気持ちから、お母さんたちはなかなか周りの人に相談することもできないようです。
お母さんや赤ちゃんのいのちが失われる悲劇を起こさないよう、また母子間の愛着形成を阻害して子ども虐待のリスクを高めることがないよう、早期発見、早期治療が必要な産後うつ病のことを、多くの皆さんに知ってほしいと思います。産後のお母さんたち、ここに書かれた症状がご自身の状態に当てはまると感じたら、ためらわずに身近にいるご家族、産科医、助産師、小児科医、保健師、誰にでもいいから、相談して下さい。そして、なるべく早く精神科にかかって下さい。周りの方たちに赤ちゃんのお世話を手伝ってもらいながら、精神科で治療をすれば、産後うつ病は必ずよくなって、赤ちゃんと幸せな時間を送れるようになりますから。
妊娠期からのママのメンタルヘルス①(H29発行)(PDF:325KB)
妊娠期からのママのメンタルヘルス②(H29発行)(PDF:322KB)
妊娠期からのママのメンタルヘルス③(H29発行)(PDF:1,386KB)
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