安全・安心情報
更新日:2021年2月24日
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かみいち総合病院 産婦人科部長 新井昇
皆さんは、分娩のイメージとしてどんな事を思い浮かべますか?ある人は、陣痛のことを、ある人は時間経過のことを、さらにはパートナーのことを思い浮かべる方もいるかと思います。その中でも少なくない方々が「出血」を思い浮かべるのではないでしょうか。分娩に出血はつきものですが、その出血が多すぎるとお母さんや、場合によっては赤ちゃんにも悪影響を及ぼす可能性があります。今回は、分娩周辺における出血について述べたいと思います。
日本のお産の安全性については、よく言われるところです。では、実際にはどの程度なのか?1990年度には妊産婦死亡は105人、妊産婦10万人対8.2人でした。2016年度には妊産婦死亡数34人、妊産婦10万人対3.4人になっています。1990年度全世界では妊産婦死亡率385、アメリカでも105、2016年度でも全世界で216、アメリカで52です。日本の妊産婦死亡率がとても少ないことが分かると思います。産科医、助産師、スタッフが日夜努力してこの数字をあげています。
そんな中、不幸にして死亡された妊産婦の死亡原因を調べてみると、日本では産科出血がもっとも多いことが分かっています。
2017年妊産婦死亡報告事業の報告によりますと、図1.で示すとおり2010年から2016年の妊産婦死亡の原因の中で一番多いのが産科出血(産科危機的出血)によるものです。ここで「産科危機的出血」というあまり聞きなれない言葉が出てきました。通常の分娩では、全く出血が出ないことは無く、数十~数百mlの出血が出ます。多くは500ml未満に収まるのですが、いろいろな原因で出血が止まらなくなり1000mlや1500mlと大量の出血が出ることがあります。出血が多くなると、妊婦さんの体が反応して脈拍が速くなり、血圧が下がります。脈拍を収縮期血圧で割り算すると、ショックインデックス(SI)という指標が出ます。通常は1未満のことが多いのですが、産科領域でSIが1を超えてくると1500ml以上の出血が、SIが1.5を超えてくると2500ml以上の出血が考えられます。このSIが1.5を超えるくらいの2500ml以上の出血が出た場合、「産科危機的出血」を宣言して直ちに適切な対応をすることが求められています。
引用:妊産婦死亡報告事業-日本産婦人科医会-(PDF:1,334KB)
それでは、産科危機的出血を防ぐためにはどうしたらいいか?、もし産科危機的出血になったらどうしたらいいか?妊産婦死亡の原因の1位である産科出血を抑えることでかなりの妊産婦さんの命を救うことが可能になると考えられます。日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本周産期・新生児医学会、日本麻酔科学会、日本輸血・細胞治療学会により産科危機的出血への対応指針が出され、改訂をへて現在2017バージョンになっています。出血が予測される妊産婦さんに対し、出産前からの対応、出産時の対応、急変時の対応が載せられています。すべての分娩で出血があるので、その中で大量出血にならないよう、すべてのお産で出血に対する対応をすることで少しでも産科危機的出血を減らせられればよいと思います。
また日頃からの産科出血へのトレーニングも必要で、産科救急に対応するシミュレーションコースも開催されています。以前このコーナーでも紹介されたALSO、病院前救急と連携する内容のBLSO、産科施設から搬送・高次治療への内容のJ-CIMELS、防ぎえた妊産婦死亡をなくすために救急領域と連携する内容のPC3(ピーシーキューブ)など、日本全国でお産を取り扱う可能性のある職種が連携して対応に当たることでより安全なお産を目指しています。医師だけでなく、病院・診療所の助産師、看護師、病院前の救急救命士、産科以外の小児科、救急医、といった多職種連携の重要性も感じています。このような提言やシミュレーションの効果もあってか、近年妊産婦死亡原因での産科出血の割合は徐々に減ってきています。
産科危機的出血への対応指針2017(PDF:1,139KB)
世界の中でも妊産婦死亡が少ない日本ではありますが、不幸にして亡くなられるお母さんが少しでも減るように、中でも医療従事者側が意識して予測し、予防し、観察し、対応し、治療することで減らせることが出来る産科出血をぜひ少なくできるよう日々努力していきたいものです。
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